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1892〜1918年 創業・土木業 〜 黎明期

文明開化から近代国家への道を邁進する明治中期。その基盤となる全国的な道路網の整備がスタートする中で、伊藤組は産声をあげた。
明治政府は、富国強兵・殖産興業による資本主義経済の育成を協力に推し進め、日清・日露・第1次世界大戦と激動の日々が続き、結果、軽・重工業は飛躍的な発展をとげた。
しかし、その基幹となるべき建設業の発展は大きく立ち遅れ、本格的な台頭は大正時代を待たねばならなかった。
その間湖東の架橋工事で実績を固め、次第に湖国の中で大きくはばたこうとしていた。

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創業・土木業 〜 黎明期

1919〜1935年 大正・昭和へ激動と 〜 発展

建設業は、大正〜昭和のわが国の近代化に大きな功績をはたした。鉄道を敷き、道路を整備し、河川を改修し、住宅から工場までさまざまな施設を作り上げた。
しかし、一方では土建屋、請負屋と呼ばれ、一人前の産業人と認められることはなかった。湖国滋賀では、彦根への県庁移転運動が、実現にはいたらなかったが、県営彦根総合運動場の建設という大きな成果を残した。
その施工の中心となった当社は、順調に事業を進展させた。
しかし、太平洋戦争の勃発により、国情は激変。建設業も統合への道を歩むこととなる。

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創業・土木業 〜 黎明期

1936〜1959年 戦後の復興と躍進

敗戦。食糧難、資材不足、超インフレの三重苦が続く中で、新憲法が施行され、わが国は民主主義国家としての再スタートをきった。
建設省ができ、建設業法が制定され、当社の事業にもようやく建設業という呼称が確立された。
従来の土木業から本格的な建築業に乗り出した当社は、折りからの新制中学・小学校の新築工事、彦根城の修繕などに奔走する多忙な日々が続いた。
インフレ、朝鮮戦争、あいつぐ風水害などを乗り越え、復興建設から環境整備建設、交通網の整備へ、国内経済成長への階段を昇りはじめる。

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創業・土木業 〜 黎明期

1960〜1970年 高度成長期の中で

わが国の高度経済成長は、交通近代化とともに歩み出した。
各地で高速道路が整備され、東海道新幹線が開通。そして1970年、大きなエポックとして大阪万博が開催された。
一方建設業は、機械化、工事の大型化という新しい波を受け、飛躍的な発展を見た。
滋賀県は、名神高速道路・新幹線の開通により、京阪神のベッドタウンとなりマンション・住宅建設が急増。
また企業誘致も活発化し、工事の大型化とともに大手業者の進出も顕著になった。
こうした中、当社の基礎を築いた初代権治郎が死去2代目権次郎は長期的な観点から民間需要体制へ転換をはかる。

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創業・土木業 〜 黎明期

1971〜1991年 多様化・複合化の時代へ

70年代には、ドルショック、オイルショックが続き、しばし高度経済成長に陰り見られたが半ばには回復再び上昇の道を歩んだ。
その間も民間建設需要は順調に進展し、80年代後半にバブル経済が始まると需要は一気に倍増。
滋賀県では、全国高校総体・琵琶湖国体があいついで開かれ、県内のスポーツ熱を高めるとともに、関連施設の建設が県内各地で行われた。
7年の在任でこことざし半ばで急逝した2代目権治郎の後を受けた伊藤武彦は、積極的な大手業者とのジョイントや関連会社の設立により、複合化・多様化の時代の要請に応えうる企業づくりを推進してきた。

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創業・土木業 〜 黎明期

1992年〜 新しい世紀に向かって

明治・大正・昭和・平成と当社の一世紀が過ぎた。
初代権治郎が土木から建築への基盤をつくり、2代目権治郎が公共需要から民間需要中心へと体質改善をはかった。
そして今、先達の功績や恩恵を踏まえ、人材の育成を当社の新世紀への、最重要課題として不透明な時代における発展に情熱を傾けている。
社内、協力会社そして、業界の結束を固め、長期的視野に立って創意工夫に精進しようとしている。

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創業・土木業 〜 黎明期

株式会社伊藤組

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